「ルルーシュ、これ、おかしくないかな……。」
「ああ、おかしいだろうな。」
「……そ、そうだよね、お、おかしいよね……。」
激しく動揺するシャーリーの声を何となく聞き流しながら、ルルーシュは窓の外を見ていた。本日のアッシュフォード学園は年に数回ある仮装の日だ。
別に生徒会が「仮装の日」としてイベントを組んでいるわけではない。学園の行事として認めた覚えはないのだが、なぜか毎年行われているのだ。
アッシュフォードは宗教的なこだわりを持たない。
礼拝堂はあるが、一度に全校生徒を収容するには足りない。学園の運営面では宗教活動を規制はしないが特に奨励することもない。
そのくらいでいいだろうと、経営側の絶妙なさじ加減で成り立っている自由だ。
そういう意味では宗教色の強い行事は認められるべきではない。
「まあ、たんなるお祭り騒ぎの口実なんだが……。」
こんな楽しそうなお祭りに参加しないなんて、そんなはずはない。……と、学園全体が思っているのだろうが。
ルルーシュはなんとなくぶつぶつとつぶやく。
視界の隅を白雪姫が歩いている。……たぶん白雪姫のつもりなのだろう……、肩でふくらんだ袖とか大きなリボンとか某映画会社の作品イメージに近いデザインだし。ルルーシュは脳内で訂正する。あれはラグビー部の副部長だ…。りゅうとした筋肉にみっしり鍛えたふくらはぎ。視覚の暴力だ。迷惑甚だしい。
ハロウィンという言葉に期待されるのは、仮装であって女装ではない。根本的に間違っている。ルルーシュは頭痛に対抗するべくグーを握る。
何度も言うが、生徒会の行事ではない。一般生徒がこぞって盛り上がっているだけだ。コンテストを行うわけでも、人気投票を行うわけでも、好成績の部の予算を優遇するわけでもない。……だがしかし、ガイドラインを策定する必要はあるかも知れない……。
「あら、ルルーシュ。シャーリーも。」
廊下の角で鉢合わせしたニーナが、ちょっと安心したような笑みを漏らした。筋金入りの人見知りのニーナが、こんな顔を見せるのは生徒会の人間に限られている。……いや、ルルーシュの今の立ち位置からはニーナの顔は見えないのだが。
「ああああ、あのね、わたしね。おかしくないかなって。」
シャーリーが脈絡のないことを口走った。
「え、やっぱりおかしいの?」
ニーナの声が震え、きゅっとスカートを上から押さえつける。きれいに並んだプリーツは膝の上。しっかり巻かれた包帯が膝を覆っている。ちなみに肘も。これはまあ、いわゆるひとつの会長の趣味だ。今日のニーナはホータイ少女。目元口元以外素肌の露出はほとんどない。全身きっちり巻かれた包帯ではボディライン丸見えでニーナが難色を示したので、包帯の上からの制服の着用を大目に見る……フリをして、ちゃっかりミニスカ姿に仕上げてくるとは。もちろん、頭部まできっちり包帯。包帯の上から眼鏡をかけたニーナは、仮装を追求するべくふわふわピンクのカツラ姿なのだ。どうかしている。スカート丈を切り詰めて、胸にも甲冑よろしくパッドが入れられているようだが、それについては見て見ぬふりをするのがルールというものである。
この場合、胸に入れられた詰め物より、スカート丈を気にするのが正しいのか?ルルーシュは首をかしげざるを得ない。
その一方で、ルルーシュ自身もちゃんと衣装を着ている。今回のコンセプトは吸血鬼。タキシードにマントにシルクハット。もちろん使い回しである。安上がりでよろしい。生徒会のイベントではないので予算の無駄遣いは許さない。
シャーリーは神父だ。腰まであるあの髪をくるくるっとまとめ上げ、ささっと帽子の端に入れている。さすが水泳部。いつかその技をマスターさせてもらわねば、とルルーシュは思う。
「あ、カレン…!ごめん!手伝うよ!」
二人がいきなり声を上げ、ルルーシュの視界を遮った。錯乱気味だったシャーリーは持ち前の親切心をてこに立ち直ったらしい。
ふりむけばそこには、狼男が。枢木スザクはルルーシュの顔を見て無邪気に手を挙げた。
「なんだそれ。」
スザクの後ろで、大きな荷物が傾いている。口ではそういったものの、それがなんなのかルルーシュは知っていた。
「どこに置くの?」
荷物の片棒を担いできたカレンが言う。
「あ、こっちこっち。」
「うん、ここにしか置けないの。使うときにはいつもここだよ。」
ニーナとシャーリーは特に疑問に思うこともないらしい。おかしいだろう。おかしい。絶対おかしい。
それは石窯セットだった。
誰がそんなものの準備をしろと言った!と言おうとしてルルーシュは口をつぐんだ。
それは追求しない方がいい。誰が言ったかなんてわかりきっているコトじゃないか。
だらりと冷や汗が背を伝った。
どんな伝言ゲームが行われたのか知らないが、何も疑問に思うこともなくこんな重いものを運んできてしまうなんてどうかしている。単細胞にもほどがあるだろう。
……とは、言わないことにした。
だいたいスザクもおかしいだろう。レディファーストはどこに行ったんだ。なぜカレンが半分持っているんだ。というか、日頃病弱設定を通しているはずのカレンが何気なく持ち上げているからって、ニーナもシャーリーも簡単に手を出すな、危ないだろう。ルルーシュは自分も避けつつ、二人の視線を逸らした。
「生地を作るところから始めるから……。」
とにかく、まずはニーナとシャーリーを石窯から引き離すべく指示を出す。
ルルーシュはハラをくくった。
焼けばいいんだ、焼けば。
おそらく学園内を勝手にうろうろしている魔女を、なんとかしないと。
生徒会としては、なんの行事も予定がない。と言うか、今日は普通に授業があったし、明日も普通に授業がある。ちなみに教師陣も、それなりに仮装を用意していたり、厄除けグッズを持っていたりする。第三皇子クロヴィスが総督を務める政庁でも三日三晩の仮装パーティが行われたのだから、まあそういう風潮が生まれるのも仕方がないかも知れない。
コレはいつもの課外活動の範疇だが、少し遅くなるかも知れない。……ルルーシュは昨日冷蔵庫に準備したカボチャのプリンを脳内で数え直し、却下した。ナナリーとサヨコと自分と魔女。せいぜいあと一つ、と見積もっていたのだが。今日は出せない。これから焼くピザで全員分賄うしかない。
ふと、スザクに目がいった。
「少し時間がかかるかも知れないんだが……。」
できあがりまで、居られそうか?
そんなことが、何となく口はばったくて聞きづらい。相変わらず。
「今日は待機だから。」
スザクが笑ってうなずいた。眉尻が下がっている。
「黒の騎士団のテロとか発生しちゃうと行かなくちゃいけなくなるけど。」
「そうか。」
スザクの斜め後ろでカレンが半眼で睨んでいる。
「カレン。手伝ってくれ。」
「はいっ!」
なんの条件反射かやけにきびきびとした返事が返ってきた。
視界の隅を黒い影が走った。
ん?とルルーシュは眉をひそめる。
今日は午後までナナリーも参加できる科目だったはずだ。
大事な妹が不審人物に脅かされてはいけない、と防衛本能が発動する。
何しろ妹の側には、アレしかいないのだから……。
慌てて飛び込んだ扉の向こう。窓の近くに車いすの背がみえた。
その車いすの傍らに立つ華奢な少年の影。ルルーシュは見なかった。少年の唇が音にならない声で「……にいさん。」と、つぶやきを紡いだのを。
「あら、おにいさま。」
今日のナナリーは小悪魔をコンセプトに黒い翼と鈎のついたしっぽ、さらに細くて矢印のついた角をつけている。ロロもお揃いである。「私の背中もしっぽもイスに隠れて見えなくなってしまいますが、ロロがお揃いでつけてくださったら、見る人にわかっていただけるでしょう?」………などと、なんとも健気なかわいらしいことを言われてしまったので、ルルーシュががんばったのだ。薄めの合皮とはいえ、なかなか大変だった。立体裁断こそできなかったが、ゆらゆらすればさぞかわいらしく……。
と、そこで、ルルーシュの思考を遮る黒い影。
まさかC.C.が衣装を持ち出したのかと思ったが、違った。
そう、ルルーシュを慌てさせた黒い影はゼロのコスプレで…、
「生徒会役員諸君!私はここに、宣言する…!」
「かいちょ~……。」
「とりっく、おあ、とりーと!」
ミレイであった。
「こう、お祭り騒ぎじゃな、……。」
「え?」
「いや、ひとりぐらい異分子が混ざっていてもわからないだろうな、と思ってな。」
カレンが。スザクが。ロロが。
なぜかそれぞれに、不思議な反応をしたコトに気がつかなかったのはルルーシュひとりではなかった。
三人もそれぞれ自分のことに慌てていて他の人物のことに目を向ける余裕はなかったらしい。
「で、なにがおかしいって?」
リヴァルが言う。
ん?とルルーシュが振り向いた。
「おかしいだろう?とっくにハロウィンは終わってるぞ?」
しん、と空気がこわばった。
INDEX
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