お花屋さんのアルバイト

 

窓の外で如雨露の音がする。
マンションの一階の花屋さんの開店準備の音だ。
ロロは窓の外をちらっと確認し、朝の支度を済ませる。
「おはようございます。お兄さん。」
「ああ、おはよう、ロロ。」
この花屋はまだ開業して一年目。お店をひとりできりもりしているこの「お兄さん」はバイトなのだという。ちなみにこのお店のオーナーの女性はいつも奥にいる。
「朝ご飯はできているからね。早くおいで。」
 お兄さんがにっこり微笑む。
 お兄さんにとってはロロは職場の上の部屋に住んでいる「近所の子」である。
 毎日朝ご飯を一緒に頂けるようになるまで、ロロはそれなりに努力した。ちょっとだけ早起きする習慣を作るのはカンタンだった。お兄さんの姿を窓から見ている時間を、オハナシしながら側にいる時間に擦りかえるだけだったから。朝ご飯を用意してもらうのも、意外にカンタンだった。どうもこのお兄さんは、根が親切にできているらしい‥。それでも一緒にゴハンを食べてもらう、のはそれなりにハードルがあった。なんというか、お兄さんは忙しい人なのだ。でも、お兄さんのいるところで食べるのと、一人で食べるのはまるで味が違うのだ。ロロはお兄さんが側にいてくれないと、食べる気がしない。特におしゃべりをするわけじゃない。お兄さんがそばにいてくれるだけで、幸せ気分なのだ。今日もお手製の焼きたてパンはふんわりいい匂いがする。
 テレビでは、美術館の企画展の話題が紹介されていた。平和なこのご時世、特に大きな事件は起こってないらしい。
「そろそろ時間かな?」
 お兄さんが時計を見る。
 そう言っておいて、お兄さんはゆったりお茶を飲み干した。ちなみに朝のお茶はロロの分だけしっかりがっつりミルクが入っている。でもって時間というのはロロが学校に向かって出発しなくてはいけない時間のことで、お兄さんの用事のことではない。
 ロロはその時だけ、ぐっと息を呑んだが、それでも素直にうん、と頷いた。
 あんまり嬉しくない。
 ロロは学校に友達がいないので、そう思うのかもしれない。
 正直に行きたくない、と打ち明けたこともある。
 でもお兄さんは、そこは絶対に譲ってくれない。
「行っておいで。」の一点張りだ。
 お兄さんはやさしく笑うけど全く容赦が無い。
 ロロは今日もしょんぼり、学校に向かう。
 
 ロロは中等部に進級してからずっと、頑として帰宅部を貫いている。‥‥見るからに華奢な体躯のおかげでか、単に取り付くシマが無いのか、人手不足のはずの運動部からお声がかかることもない‥‥。というわけで、今日もさっさと帰ってきた。
 通学鞄とともに、「ただいま」と訪ねるのは「お兄さん」のお店である。
「おかえり。」
 にっこりお兄さんは迎えてくれる。 
「今日の宿題は何かな?」
 はーい、と、ロロは素直にノートをひろげる。
 書き取りからドリルまで、ロロはお兄さんに宿題をみてもらう事にしているのだ。宿題が無くてもみてもらうことにしているのは秘密だ。しかし今日はせっせと反復練習の一環に取り組むロロの横で、お兄さんは実はお出かけの支度をしている。
「ルルーシュ~。」
 今日もおきらくな声がする。お役所づとめのはずのリヴァルさんはなぜ、そんなにしょっちゅうヒマなのだろう?ロロは不思議で仕方がない。
 このお店は、野菜苗もサボテンも切り花もアレンジメントも扱っていて、午前中はご近所に出張寄せ植え相談の時間をとっている。そして午後は。ご注文の花束のお届けの時間なのである。
「よろしく頼むよ。おやつがおいてあるからね。」
 お兄さんがやさしく微笑む。今日の花束は3つ。遠くなければすぐ帰ってくる。いや、少々遠くても。リヴァルさんがサイドカーを用意してくれるのはそのためだ。
「じゃ、いってきます。」
 あれ、いいなー。とこっそり思う。ロロも早く免許が欲しい。
 配達にお出かけの間ロロはお店番のお手伝いをする事になっている。
 中学生のロロは労働基準法に照らしてみてもバイトはマズイ。‥‥ので、お礼はおやつだけである、お店番とはいえ、任されているのは、苗とアレンジメントの販売のレジ打ちと電話番だけだ。あくまでもこのお店のバイト、ではなく「お兄さんのお手伝い」であることはロロにとってとっても大事なポイントである。
 別にロロがお留守番しなくてもいいのである。‥‥オーナーにお店番をお願いすれば。お兄さんはオーナーに「お願い事」をするのを極端に嫌う。別にロロの知ったことではないのだけれど。
 と。
「出かけたようだな。ご苦労。」
 オーナーが奥から出てきた。彼女が奥から出てくるなんて、たいがい理由は決まっている。‥‥と、ほどなく、「理由」がやってきた。
 宅配ピザである。
 一応とめては見たのだが、今日もレジのお金で清算されてしまった。いつもお兄さんとあとでケンカになるのに、この人はまったく気にならないらしい。ロロも一切れお相伴に預かる。勧められたから。
 
「ああ、これ。枢木のところに持っていってやれ。」
 オーナーがテーブルの上のかわいらしくラッピングされたクッキーとアレンジメントを指し示した。これまたどう見ても「お兄さん」のお手製である。
 枢木さんは、花屋の店先から見えているお向かいのビルの2階に見えている探偵事務所である。妹さんと二人でお住まいだ。
 お兄さんはその「妹さん」のファンである。せっせと差し入れとか準備しているので、ロロがお届けに行くのは日常茶飯事であった。お兄さんが自分で行けばよさそうなものだが、なぜか彼女の側では声も出なくなるし、足がすくむ。もどかしいことこの上ない。と、いうことでオーナーとロロがとっかえひっかえの差し入れをお届けに行っている。ちなみにロロはかならず「オーナーから」のプレゼントだと言って渡している。他意はない。
 オーナーがピザを食べているうちに行ってくればいいかな、とさっくりロロは席を立つ。
 枢木さんの探偵事務所は最近ずっと閑古鳥だ。ここ一年ぐらいずっとヒマにしている。
 この街には怪人二十面相の伝説がある。警察にもトクベツチームが組まれ、枢木さんは顧問として警察のお手伝いをしていた。そのころは、はぶりの良かった枢木さんはロロ達ちびっこにもバッチとかくれたものである。
 そう、ロロと枢木さんちとのお付き合いも長い。何しろロロは探偵事務所のお手伝いとして聞き込みとか潜入とか誘拐(‥‥される方だ。)とか一通り経験している。ロロはこの探偵事務所のコバヤシ少年なのである。
「こんにちは」
「ああ、ロロ。」
 枢木さんが愛想よくにこっと笑う。この人は童顔なのだ。
「今日は依頼があってね。」
「ひさしぶりですね。」
 嫌味ではない。単なる事実である。
 枢木さんが、一瞬ぐひっと、のどを鳴らしたのも気のせいだろう。
「こんなカンジなんだけど‥‥。」
 白・ペルシャ・五才・五キロ。三日。天元町。
 ふう~、っとロロは溜息をついた。
「ネコですか‥‥。」
 枢木さんが、肩をすくめて見上げてくる。この人がそんな仕種をしても別にかわいくない、とロロは思う。
 ま、いいんだけど。別に。
 今のロロには、この件を手伝う気はさらさらない。
 枢木さんは、根本的に猫に好かれないのだ。ネコ関係の依頼は受けちゃダメだ、って忠告してあげたのはそんなに昔のことじゃない。
 まったく、人の言うことなんか聞かないんだから‥‥。
 枢木さんと言うのはそういう人だ。
 
 
 
「今日、お届けに行った先で見たよ、ペルシャ。」
 ロロにしたら、そんなことは別に報告する義理はなかったのだけれど、うっかり話してしまった。‥‥そうしたら、そんなハナシになった。
「ああ、うん、見た見た。なんだか迷いネコが来てるって。」
 そこまで言うならリヴァルさんがお使いしてくれてもよさそうなものだけど。どういうわけかまたシゴトに戻っていってしまったので。なんとなく、ロロが伝令に立つ事になってしまった。
 別に、いいんだけど。
 面白くない顔のまま、ロロがゆく。良いのである。「お兄さん」が行くよりずっとマシなんだから。 
 
 
 
 
 
 

INDEX

 
 
 
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 ※設定だけ考えているだけで楽しくなっちゃって話が進んでおりません。ペコペコ。
ちなみにナナリーは勿論ルルーシュの妹です。
ご町内には精神科医のシュナイゼル先生がいらっしゃるのでキオクソーシツを抱える「お兄さん」は通院中のはずです。