「ただいま。」
そう言いながら、ドアを閉める音がする。
「ルルーシュ?どこに居るの?」
スザクが帰って来た。ルルーシュは安心した。
だがしかし、‥‥返事はできない。
恥ずかしくて言えないのだ。当然だろう‥‥室内の探検をしていたら滑って落ちて、ハマッて動けなくなった。助けてくれ、なんて。言える訳がない。
うずくまったまま動けないルルーシュは、なんとなく息も潜めていた。
「ルルーシュ?」
自分を呼ぶ声は、だんだん頻繁になる。
ちょっと上擦っているし。‥‥というか、なんだろう、いろいろ物が壊れる音がする。
はて、とルルーシュは首を捻る。
※※※※※
そう、スザクはちょっと今逼迫していた。
ルルーシュの姿が見えないからだ。
返事が無いのは珍しいことではないし、さして気にならなかった。案外寝ているかもしれない、と期待したりもした。だけどこの広くもない部屋で姿が見えないなんて。
ベットの上の掛布の下を確かめたときには、まだ冷静だった。
‥っ…‥‥‥逃げたんじゃ?いや、そんなまさか。
そう思ったら、あっという間に焦り始めてしまった。
それはいけない。何が何でも彼は捕まえておかなくてはいけない。
錯乱する思考。焦りはとめられない。
指の先がどんどん冷たくなる。
真っ先に確かめたのは、キッチンの入り口だった。
絶対に出入りできないように、と念入りに塞いだはずだった。
それでも、荷物用エレベーターの蓋は一応開いてみたりした。
‥‥‥いない。
キッチンは、ルルーシュも、他のいかなるなんぴとも出入りした形跡は、どこにも感じられなかった。
それなのに。ちっとも安心できない。
あらためて次は個室。クローゼット。
‥‥まさか溺れてないよね、と風呂場。
「ルルーシュ、どこ?」
自分の声が上擦る理由が分からない。
脱衣所も棚の隅々まで確かめた。いろいろ引っ張り出してはパタパタ閉めて少々ドタバタした。
それからもう一回クローゼット。それから個室。
トイレを確かめた時には、もう手が少しばかり乱暴になっていて、バキっと折れたドアの縁が吹っ飛ぶ音がした。
と、大きな物音に反応したのか、黒いものがちらっと、視界の隅で動いたのが見えた。
アレは、ルルーシュの曲がった尻尾だ。
もう一回
「ルルーシュ?」
と、呼んでみた。
ぴくん、と尻尾が震えた。
‥‥ルルーシュったら、もう。返事ぐらいしてくれればいいのに。
くすっ、とスザクは笑った。自分が笑った事に気がつくことも出来なかった。
そーっとそっと、後ろから。近づいた。
ずいぶん不自然な体勢だ。狭いけど尻尾から引っ張り出すわけにはいかないみたい。
ベッドの上に乗り上げて、真上から覗き込むようにして位置を確かめる。
ここからまっすぐ引き上げることはできそうだ。
ちょっと静かに息を吐いて。
それから一気に両手を伸ばした。
「ふみああああ!」
なんだかにゃんこが叫んだ。
「ルルーシュみーっけ。」
スザクはそう言ってみた。
マジマジと、赤と紫の瞳が自分を見ていた。ああ、よかった。ルルーシュはちゃんとここにいる。
「にあ。」いいオトナのくせにふざけるな。
ルルーシュが説教がましいことを言う。
「ええ~?ルルーシュがかくれんぼなんかしてるからだよ。」
スザクは言った。
※※※※※
妙にべたべたと抱きついているスザクをどうしていいのかわからない。
一体何の反動だろう、暑苦しい。
仔猫の分際で生意気にもルルーシュが溜息をつく。
なんとなく部屋の中が散らかっているのが目に付いた。
床の上にチラホラ散らかっているものがあるし、トイレのドアが欠けている。いいのか?アレ。‥‥まあ、自分には差し障りはないな、ルルーシュはそう結論付けた。むしろ、ドアの開け閉てに不自由しなくて済みそうだ。なら、もう、いいか。この部屋はスザクの部屋なんだし。他に誰も来ないし。少々欠けてたからって特に怪我をしたりすることもないだろう。なにしろスザクだから。
そうしてまだ自分を放さないスザクへの対処をあきらめて目を閉じる。
別に一人で途方に暮れてる時間が長すぎて淋しかったわけじゃない。
いろいろ風通しがよくなったことだし、もう二度とこんなことはないだろう。
ふん、とルルーシュは鼻を鳴らした。