明日の朝は

 

 

 

おまけ。

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あの日の空は青かった。スザクはそれを見たはずだった。
あの胸に剣を突き立てたそのときには、自分もいっしょに死ねると思っていた。
そんなことはない、彼は何もかも残して、逝ってしまうつもりだった。そしてそれをスザクは分かっていたはずだった。アタマでは。
 ルルーシュが大好きだった。そんな自分の気持ちも分かっていた。
 大好きだから。耐えなくてはいけなかった。受け入れることしかできなかった。
 嫌だって、言いたかった。だからこそ、我慢することが正しいんだと思っていた。
 それは望んでいたことでずっと願っていたことで、正しいことで、必要なことだった。
 そのように呑み込んでスザク自身は納得していたはずだった。
 
 
 
スザクのコドモはかわいいだろうな、とルルーシュが言ったことがあった。
きっとこんな髪でこんな瞳だ。で、やんちゃで、きかん坊なんだ。きっとかわいい。そう言ってた。
‥‥‥オマエは生きて。新しい記憶をどんどん塗り重ねていくんだ。そう言って、笑ったのだ。
スザクはその時、ルルーシュが口にした言葉の意味なんかまるでわからなかった。
だって、ルルーシュが死ぬときには自分も死ねると思っていたのだから。おかしな事を言うんだな、とは思った。でも、ルルーシュの言うことはいつだって分からないことはいっぱいだったから、聞き流してしまったのだ。
むしろその言葉の意味なんかじゃなくて、そのヒトがやさしい口調で語るのが今の自分のことじゃなくて。目の前にいるはずの彼が、自分を見ないでどこか遠くを見ていて。遠い昔を見ているのかありえない未来を見ているのか、とにかく自分を見ていなくて。それにじりじりと心が黒いものに燻されて、少し乱暴に彼にしがみついて、黙らせてしまったのだ。だから、その話はそのまま忘れてしまった。そういえばあのとき少し苛めすぎたかもしれない。次の日なかなか起きてくれなかったような気がする。‥‥‥そんなことはよくあることだったから、思い出せない。
 
 
 
何故今ごろになって、そんなことを思い出したのだろう。
ゼロレクイエムは、終わったのに。
ナナリーが。神楽耶が。リーファが。少女達が平和を願う世界を作り上げているのに。
自分はゼロ。古き時代の亡霊。
新しい時代に立ち会い、応援し続けることが自分の宿命。それが彼の残した約定。
 
今にして思えば、彼は信じていなかったのだ。‥‥‥多分。
スザクのことも。ギアスのことも。
スザクが彼から受け取ったはずのギアスの効果も。
そして、仮面を被ってナナリーを守りつづけるゼロも。
それがいつまでも続くなんて、思っていなかったのだ。
 
ギアスは薄れるものだと。‥‥ナナリーが自力でギアスを破ったように。
主を無くしたことで命令は廃れ、いずれ忘れてしまうものなのだと。‥‥きっと思っていたのだ。
嫌だ。絶対嫌だ。忘れたくない。そうスザクが思っていることなんか、気がついてもくれなかったんだろう。
その命令にスザクがしがみつこうとするなんて、まるで想定外だったんだろう。
ルルーシュは鈍いから、って。ナナリーが言ってた。きっとそうなんだろう。
 
 
 
 
泣きながら目を覚ましたから、頭が重い。
窓から光が差し込んでいる。いつもの時間。朝起きて、仮面をつけるまでのわずかな時間を、スザクはトレーニングにあてている。だから、いつものように起き上がった。‥‥起き上がるはずだった。
自分が寝ていた布団の上に、白を中心にあつらえた忘れられないあの服の、‥‥‥ちっさいのが、ぺしゃんと潰れていた。
「他にもいろいろあるんですよ。」
 嬉しそうな、ナナリーの弾んだ声がアタマの中に響く。そう、そんな言葉を昨日聞いたんだった。
 その、レプリカは‥‥見た目はなかなか良くできていたのだけれど、本物とは違って脱ぎ着はそれほど簡単ではなさそうだった。本当なら、ここをペランとめくるとふくらはぎのラインが見えるはずなんだけど。本物とは隠しボタンの位置とかが、ずれているのだ。光を弾く生地はもっと柔らかくて軽くて。      作る段階で相談してくれたら、教えてあげることもできたのだけど‥‥。
いや、そんなことはどうでもいい。
 
 
 
服と、帽子と、‥‥そこから黒髪が見えていて。
本当に、ちっさいんだけど。だけど。
スザクはそーっと覗きこんだ。
 
 
 
 
寝てる。可愛らしい寝息が聴こえる。
うつ伏せのまま寝てることは時々あった。ルルーシュは、寝相はいい方だと思う。本当に静かに寝るんだ。
帽子の下にはくるんとまるい後ろアタマ。つるつるの黒髪。
きっとまだ起きない。ルルーシュはいつだってそうだった。
素振りをしてこよう。それは自分の毎朝の日課なのだから。‥‥‥そうスザクが思ったのは、まだ、現実味のわかない事象を受け入れるのに、それが必要だったからだろう。多分。
 
 
 
けれど素振りはまったく身が入らなかった。
前日のことが、それまでのことが、何度もフラッシュバックしては、気持ちを掻き乱すから。
「これくらいいいじゃないですか。」
なんて強引なんだろう、君の妹は。
君もずいぶん勝手で、散々ヒトを泣かしてきたけど。あの子達ときたらその君を黙らせることができるんだ。
ふふっとスザクの口元に笑みが浮かぶ。
 
今朝、小さな陛下がスザクのベッドで寝ていたのは、前日のそれなりの争奪戦の結果で。
さすがに譲るわけにはいかなかったから。夢かと思ったからこそ、意地になった。いつもだったら言えない我儘を言った。
勿論、本人がそれでいいといってくれたから、婦女子の部屋で眠るのはオカシイ、せめてスザクの部屋がいいといってくれたからなんとかなったのだけど。
 
 
 
 
 数もロクに数えられなかったけど、多分予定数ぐらいは振っただろう、と自分で判断して、もう一度部屋に戻って。ベッドの上を確認する。
 寝てる。
 それだけのことが、可笑しくって仕方がない。オカシイのではなく、嬉しいのかもしれない。シアワセな気分だ。
 今日の自分の予定はどうなっているのかな、とちらっと頭を巡らせる。仮面を被ったらスザクは居なくなる。スーツはムリでも。マントのカクシに入らないかな‥‥と、なんとなくマントをずるずる引っ張ってみる。ルルーシュお手製のこのマントは結構いろんなものを持ち歩けるようになっているから。小さな君ぐらい、どこかにきっと入るだろう。立ち居振舞いに邪魔にならなくて、うっかり潰したりしない、それでいて外から分からない。そんな場所がいい。できたら、温かみが伝わるようなところが嬉しい。
 
 
 
 
 
ぷしって、音がした。寒かったわけじゃないと思うけど‥‥。
そろそろ起きるかもしれない。
起きたら‥‥きっと、状況を一通り説明するハメになるだろう。スザクにだって分からないことばかりなのに。そうだ。面倒くさいから起きる前に君を攫ってしまおうか。
スザクは笑った。ルルーシュはたいがい朝は少しぼんやりしているから。
きっと、そのほうが話が早い。勝手にそう結論付けた。
相談してやる気なんてさらさらない。今ならスザクは、君のことならなんだって知っているんだから。
 
 
 
 
 

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