終了後のお約束

小説版の設定を多少お借りしております

 

 

 

 

 

 

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          1
神楽耶はゼロと向き合っている。
「あの方のご遺体を下さい。」
  ゼロ    
 目の前のゼロの中身はスザク。そんなことは分かっている。
 ゼロを良く知る旧騎士団側にも公然のヒミツ。
 
 
 ゼロは明らかに動揺していた。
「いや、それは、ナナリー様にも‥‥‥。」
 ナナリー様にも聞いてみないと、とでも言いたいのだろうか。
「そんなことを許すわけには‥‥。」
 モゴモゴと、仮面の奥で声がする。
 変声器を通した声は、記憶のなかにある声とよく似ている。口調がまるで違うのに。 
「なぜ、そんな‥‥。」
「ゼロさま。私はあの方にひと目なりとお会いしたいのです。」
 なぜもなにもない。
「夫の遺体に妻が添うのがそんなにおかしなことですか?」
 スザクはどうしていいのかわからないらしい。ぺたんと、椅子に座り込んだ。
「ゼロさま。」
 何とも情けない押し問答がいつまでも続き、そこにナナリーが加わった。
 
「かぐや‥‥さま?」
 元イレブン総督、ナナリーが彼のひとの妹にあたるということは、あとから知った。
 盲目だった彼女はとても聡明で人の痛みのわかるやさしいひとだという。
「私も‥‥、私もお会いしたい。あれから、ちっとも逢わせてもらってないです。」
 ひた、っとスザクに目が向けられる。
 ああ、そうなのか。神楽耶も納得する。
「だってそれはルルーシュが‥‥。」
 ゼロはやはり口の中でモゴモゴいう。
 すぐじゃなくていい、明日でも、明後日でも。諦める気はない。
 それだけ伝えて、神楽耶は席を立とうとした。
「あの‥‥、かぐやさま。」
 ナナリーがそれをひきとめた。いや、ゼロをその場に残して二人で話すために外に出た。
 
 
 ナナリーはナナリーで小さな願いを持っていた。
 ブラックリべリオンから一年。それからまた一年。
 全てが終わって、解放されて。自分には光が戻ったというのに。ずっと逢ってなかった彼女の兄がどこでどうしていたのか知る方法が、彼女には何一つ残されていなかったのだ。アメジストに称えられた美しい瞳。それを見たものすら残っていない。悪逆皇帝ルルーシュは、絵姿すら人類の未来に残すことを良しとせず、VTRも音声も、丁寧に排斥してのけたのだ。‥‥彼女の手元には一葉の写真すらない。
 ゼロも。黒の騎士団の首領の足跡も同様だった。イレブンでの数々の暴動の記録はあれど、それは文字と数字ばかり。
 彼は総督だった自分に2時間もの音声ファイルをくれた。
 それは当時何度も聞いた。一言一句、聞き漏らさずそれは当時の法律に反映されていた。
 その生のファイルが、ない。
 もう一度聞きたくても、残ってない。
 アレは合成音声だった。生の声ではない。‥‥それなのに、ない。
 いろんなところに、兄の姿は、兄の声は、残っているはずだった。
 隠し撮りされていたはずのたくさんの監視記録。ニュース映像の記録。ほんの些細な通信記録。何気ない写真。悪逆皇帝ルルーシュは、そういうものを嫌い、執念深く処分させていたのだという。
 
 
「蓬莱島には‥‥ありませんか?」
 
 二人で住んでいたアッシュフォード学園のその建物はフレイアにえぐられてなくなってしまった。小物の一つまで吟味して兄が自分のために調えてくれていたあの部屋はもうない。アリエスの離宮にも、たいしたものは残っていなかった。それも、フレイヤが消した。ホームシックだといえば、笑うだろうか。だって、兄がいない。どこにもいない。
「そのままというわけには参りませんが、あのひとがお使いだった部屋はあるはずです。」   
 いつか。それはまたいつか。
 神楽耶が約束してくれた。
 今、神楽耶のもとにはサヨコもいる。
「手段はあります。」「私に手の及ぶ限り。」捜索してくれるという。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
           2
 
 エンバーミングを手配したのはシュナイゼル皇子だったのだと、スザクは言った。
 ルルーシュは、遺体を晒して置いておけば苦しんできた人たちが石をぶつけにくるだろうから、って言ってたんだけど、さすがにそれは勘弁してもらったんだ。火葬にしろとか言われたよ。あのままあそこで、首を切り離し、玉座に火をつけるって。
 でも。仮安置場所だけは欲しいとお願いしたんだ。スムーズな段取りができないからって、かなりお願いして‥‥。
 死後の段取りも、彼は一人でどんどん手配していたから‥‥。
 たくさんの石段をあがって、また降りて。
 棺は、びっくりするほど不便な場所にあった。
 隠してある、といってもおかしくない。スザク一人でしか来ない場所だ。
 本当はここから先、死罪の処置室にあたる霊廟に入れろっていわれているんだけど‥。
 ナナリーはここまで自分が生活してきた空間は全てバリアフリーで整えられていることに改めて気がつく。リノウム張りで、段差もなくて。それがアタリマエになっていた。きっと誰かが、事前にナナリーの為に用意してくれていたのだろうに。
 ここは彼女が来ることなんかまるで想定していない、ぼこぼこした石が剥き出しの霊安室。今日はナナリーの為に事前に椅子を一つ持ち込んであった。ナナリーはここまで、スザクに抱えられて運びこまれたのである。
 顔が見たいときには自分で明かりを用意するしかないんだ。
 そう呟いたスザクが、ポケットに入れていた小さなランタンをかざした。
 身体が残る間は、意識もその形で保てるって‥‥どこかで聞いたから。嬉しかったよ。こんな形でも残ってくれて。
 ルルーシュには怒られるような気がするんだけど。
 ああ、ホントはあんまり泣いちゃダメなんだよ。ここでは湿度が保てないから。
 
 ナナリーはやはり兄の手を取った。肉の薄い、骨ばった手だ。
 冷たくて重くて。でも細い指。
 最後にこの手が自分に触れたのは、ブラックリべリオンのずっと前。
 
 神楽耶が、頬に語りかけている。
 自分の中にやきもちの嵐が吹き荒れるのをナナリーは感じた。
 そっと持ち上げた手に自分の頬を当てた。
 
 冷たい指は本当に何も語らない。
 それは不器用にずっと自分を守ってくれた手だった。
 すごく意地っぱりで、簡単には本音は見せない。
 ずっと、この手が欲しかった。この手は自分だけのもののはずだった。
 この手は、カサカサと干乾びた自分のココロにいつもやさしい手だった。
 
 
 神楽耶がやさしく兄の頬にキスをした。
 ナナリーの心の中で、何かがはじけた。きつく戒められていた。余人にその力を使ってはならない、と。けれど。
 その兄が誰かにキスされているのを、はじめて間近で見てまさにキレた状態なのである。
 ナナリーはずっと我慢してきた。もう我慢も限界なのだ。
 おにいいさま、どこ‥‥。
 鋭敏になった指の先が、からっぽのルルーシュの身体を探る。
 ナナリーの力が暴走し始める。
 お兄様。 
 ナナリーの心の声が響き渡る。
 
 
 神楽耶も、ナナリーも、そういう意味では超常の力を備えた存在である。
 その二人がその瞬間、それぞれにその能力を解放していた。
 狭い石室の中、赤に緑に、光が踊る。
 あ。
 ナナリーの目に兄の背中が見えたような気がした。
 もう少し。
 けれど、そのとき。ナナリーの手は何かに弾かれた。
 怒り。安らいだ眠りを乱したからだろうか、その光には純粋な怒りが感じられた。
 けれど、兄の怒りなど、今のナナリーには何ほどであろうか。
 ナナリーは少なからずムッとして、歯を食いしばった。
 
 
 
 そのとき。
「うあああああ。」
 スザクの咆哮が響いた。
 仮面の下で、状況はよく分からない。
 二つの能力の力場に挟まれて何かが起こったのだろう。クルルギの血に。
 ナナリーも驚き、神楽耶もうろたえた。
 お互いに、目配せをする。
 今のままでは、ムリ。
 
 お互いに、牽制するように、そっと棺から手を離した。
 もう少しだったのに。と気持ちが揺れた。
 しかし。もともと、諦めるなどという言葉は彼女の辞書にはないのだ。
 
 スザクがその場にへたりこんだ。神楽耶はそれにちらっと目を走らせた。
「きっと今意識がない状態ですね。少し休めばよくなりますよ。そんなことより。」
 ええ、そんなことより。冷たい、とは思わなかった。そんな配慮をしている余裕はなかった。
 ナナリーはふわっと神楽耶と手を取った。
 してはならない、といわれていたことなど本当に忘れていた。
 神楽耶の手の向こうには、ゼロが見えた。
 今二人のそばで、力尽きてへたりこんでいるその仮面よりどことなく華奢で。
 仮面の姿しか見せない影。
 怒りに正直で。目的意識が強くて。ただ貪欲に。
 
 これも、お兄様。 
 
 目を覚ましたスザクが、「ぼく、どうしたんだろう‥‥。」とつぶやいたが。
 二人は微笑んで答えなかった。
 こうして再戦を誓う二人が、共同戦線を張ったのだった。
   
 
 
 
 
 
 
            3
 
 宝物庫から出てきたというブローチを並べて眺めていた時、一つの石にスザクが薄く反応した。
 紫に透けるアメジスト。色石としては色もまばらなその石を、とっくりとナナリーは見つめた。
 ホントはもっと青かったような気もする。そのまなざしを隠すように鮮やかな黒い髪が揺れるから、そう見えていただけかもしれない。
 自分の目が開いていたのは七つまでのはずだ。ずっとずっと昔の記憶だから、ホントのところは思い出せない。
 ブローチに色を合わせたイヤリングもあった。
 イヤリングだから、二つで一対。‥‥ああ、二つあるのはちょうどいい。
「これを‥‥。後で加工の相談をしますから。」
 色石に気持ちをとり込まれたスザクが、目が覚めたようなカオをしていた。
 
 
 お人形はいいかもしれない。
 首都ペントラゴンを無くしたブリタニアにも経済の復興の兆しはあった。
 だから。細工の得意な職人さんも、探せば見つかるはずだろう。
 
 神楽耶が、探してくれた。一葉の写真。
 学生服のルルーシュ・ランペルージの。
 少しピントが甘いそれは、少し微笑をたたえていて。その何気ない表情にナナリーはすっかり心を預けきっていた。
 ブリタニアに伝わる職人芸‥‥‥きっと再現してくれる。技術の粋を‥‥。
 
 ほかにも、神楽耶は意外なものを見つけてくれた。
 ティーセット。ハンガー。お針箱。キーボードのパネル。
 とりたててどうということもない、ありふれた品々。
 きっとすぐそばにおいて使っていたもの。
 自分の知らない、兄の生活をあらためてナナリーは見る。
 付喪神という言葉があるらしい。大事にされたものには神が宿る。ならばその力も。お互いびっくりするほど貪欲に。兄の影を漁った。
 
 立場も時差も上手に乗り越えて、神楽耶とナナリーはこまめに連絡をとっていた。
 そして二人はC.C.のことも話した。
 ギアスをもたらした不思議な少女。
 誰よりも兄のそばにいて、けれど甘くも無く。
 兄を護り、兄に守られていた少女。ナナリーにもそのひとは忘れられないヒトだった。
 そう。彼女の持つ力を、呼び込むことができたら。
 
 
 
 二人が決行したのはアレから一年経ってから。
 スザクが、頑として譲らなかったから時間がかかってしまった。
 二度目の訪問。
 
 
 
 
 やはり二人は彼を呼ぶ。
 逢えたら。もう一度逢えたら。
 
 また甘えは許さない、と怒られるだろうと、思っていた。
 だけど、お兄様だってワガママ過ぎる。
 だから。私も。運命にも刃向かって見せよう     
 
 
 
 
 
 二人の力は唱和する。
 それに、スザクがここにいる。彼はクルルギ。C.C.は彼になら繋がっている。
 
 
 
 
 
 
 
 
 兄を守るように銀のカーテンが揺れている。
 淡い光が、幾重にも。
 兄を信じ、ともに死んでいった人たちの光が    
 
 やはりそれはナナリーの胸を騒がせる。
 でも、今度はそれをおさめる事ができた。
 冷静に。冷静に。
 
 
 遺体はやはり安らかで。
 手はどうしても冷たくて。
 それがもはや物質でしかないものと伝えてくる。
 でも、姿の向こうに影がある。
 兄の背中。
 きっと今度は手が届く。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
          4
 
と、言う訳で皇帝姿の小さなルルーシュが生まれた時、スザクはやはり意識が無かった。
仮面は、早々に外した。神楽耶が外して、ナナリーが膝の上に受け取った。
  だって、ゼロの仮面。これはお兄様が作ったものだから。スザクが大事にしているこれはお兄様の遺品だから。だからそれも、使った。
 
たくさんの小物。
そして皇族の血が。
そして多分、運命の力が。ほんのすこしだけ、自分たちに味方したのだ。
 
 
お人形サイズの小さなルルーシュ。
彼は今、大変当惑していた。
 
あってはならないことが起きた。それが、わかった。
まず怒りを表明する。許されないことが起きたことを糾弾する。
自分の罪は漱がれねばならない‥‥のだから。
 
 
 怒りを表明するルルーシュをナナリーがぎゅうぎゅう抱きとめる。
 現状が把握できなくて、その腕の中を逃れた。
 そこにまた、新たなる手が。
「ゼロさま、神楽耶です。」
「神楽耶さま。あなたはなんということを!」
「どうということはないことです。世界の趨勢に影響はありません。」
 ルルーシュは、神楽耶には弱い。彼女は優秀で、確実にこちらの意図を読んでくる。
「ほんの少しの慰めぐらい、付き合っていただいたって良いではありませんか。」
 あ、泣かした。
 ルルーシュがしまったっというカオを作り、オロオロする。
 ナナリーも泣いていた。
 思い描く姿より、ずっと大人になったナナリー。‥‥大事な妹。
 もう、十分泣いた。それなのに。
 
 人形は小さな手を伸ばした。
「ナナリー。」
 そんなに泣いたら目が溶ける。ナナリーの目はもっといろんなものを見なくちゃいけないのに。
 そして、小さなお人形はまた捕まってしまったのだった。
 
 スザクが目覚める前に、ある程度片づけをしなくてはならなかった。
 その二人の間で、お人形は自分の体を見て首をひねっていた。
「‥‥予定と違うな。なぜだ。」
 多分永遠に分からないのだろう。ナナリーには判る。単に兄は鈍感なのだ。
 
 スザクが目覚めないと、ナナリーは帰れない。ナナリーはスザクが抱えて降りないといけないから。うん、とお人形は頷いた。
 ルルーシュは二人に別れを告げて、遺体のそばにもぐりこもうとした。
‥‥が、果たせなかった。
「お兄様、一緒に参りましょう。」
 ありえない、と人形が言う。
 ここに体があるのなら、体が朽ちるに任せてともに朽ちればよいのだから。
 当然の道理を語ったのだが、また泣かれた。
「往生際が悪いです。」
 そこでもう一度説得されるハメになり、諦めた。
 それでも、スザクの目覚める気配にとっさにかぐやの袖に隠れた。
「ま。」
 この期に及んでやはりナナリーがやきもちを焼いた。単にかぐやの方が近くて。袖がひろくて隠れやすかったからだと思う。でも、ナナリーの表情は正直だ。
 たった二人の兄妹で、必死にお互いだけを支えに生きてきたばかりに。と、一瞬ルルーシュが哀れんだ。    そんなことはない。生来の資質なのだが。
 
 
 
「ナナリー?」
 こんな時、妙にスザクは勘がいい。
 ルルーシュの意図は見事にはずれ、あっさり見つかってしまう。
 お人形さんはスザクのカオを正面から見れずにもじもじする。
 
 スザク。深い深い緑の瞳。悲しい色をした瞳。
 ユフィを殺したのはあくまで自分だ。ルルーシュは改めて自分を責める。
 彼を泣かせて、ギアスを負わせて。罰を負わせて。
 可哀想に。どれほどに自分を憎んでいることか。
 
 そうしてまた、ルルーシュはオロオロする事になる。
 スザクがルルーシュを捕まえて、ワンワン泣くから。
 みんなみんな、悲しみをこらえて生きてきたのだから。
 
 
 
 神楽耶袖に隠れようとする兄をナナリーがあんまり睨むので、お人形さんはすっかり困っていた。ナナリーがすっかり自分に夢中なのは、兄にはあまり良いことだとは思えないのだ。
「ほら、揉めないで。」
 揉めるぐらいなら、とあっさりスザクが捕まえた。
 
 スザクの腕の中で、兄がちょっとホッとした顔をしたのが見えた。
 これまたムカッとしたけれど。それはそれで仕方がない。
 とりあえず、こうして目的が一つ達成されたのだ。
 
 
 
 
 
 
 

INDEX

 
 
 
 
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 コードとか他にも手がかりがいっぱいあるのに。
 何故一番初めに書いたのが、お人形だったのか‥‥。